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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)101号 判決 1968年3月28日

原告

株式会社ヤマヤ商事

代表者

野口静男

訴訟代理人弁理士

野呂英一

被告

東栄油脂化学株式会社

代表者

船津林三

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

三木武雄

同弁護士

山田靖彦

同弁理士

小宮幸一

坪井淳

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

<前略>

二そこで原告の主張四についてその当否を検討する。

(一)  原告の主張四の(一)について。

引用商標は、「タバコヤ」の文字自体について権利不要求の申出があつたものであることは争いがなく、なお、<証拠>によれば、特許庁審査官の右部分に特別顕著性がない旨を指摘した拒絶理由の通知があつて、右の申出がなされたものであることが認められる。

ところで、旧商標法第二条第二項に規定する権利不要求の制度は、商標の要部と認められるおそれのある構成部分が、特別顕著性を有しないため(本件で問題となる場合についていう。)その部分だけでは登録されえないようなものであつても、他の構成部分と結合した全体として、商品識別力を具備する場合には、右の部分自体につき権利を要求しない旨の出願人の申出があれば、これを登録するというものである。そして同法が第七条第一項において、商標権は登録によつて発生するものとしたうえ、その第二項において、商標権者は商標を専用する権利を有する旨を規定し(これからいわゆる禁止権も生じるとされている。)、ついで第八条において、その第一項は、「商標権の効力」は、列記のいわゆる特別顕著性のないもの等に及ばぬ旨を、その第二項は、「商標権の効力」は、前記第二条第二項の規定により権利不要求の申出をした部分自体に及ばない旨をそれぞれ規定しているのであり、他方同法第二条第一項第九号によれば、他人の類似する既登録商標の存在が出願商標の不登録事由とされているが、同法は商標登録の有する、類似出願商標の登録を阻止する右の一種の効力を、前記のように登録によつて発生する「商標権」の内容ないし効力とはしていない―同法にそのような規定がないばかりでなく、もともと右の既登録商標の存在の事実があれば、商標権者の意思にかかわりなく直ちに当然に類似する出願商標の登録は拒否されるという建前である。―のであつて、以上の点からすれば右旧商標法第八条第二項に規定するところは、その第七条に規定する、商標の専用権(および禁止権)という「商標権の効力」について、それが権利不要求部分には及ばないことを示したものであり、そしてそれにとどまるものであることは明らかであつて、同法第二条第一項第九号の適用上、商標類否の判定において権利不要求部分はこれを除外して考察すべしというようなことは、何ら右規定の含むところではない。かように旧商標法は権利不要求部分につき、商標の専用権との関係では、右のように第八条第二項で特別の措置を規定しているが(右規定により、商標権者は権利不要求の申出をしたことにより右規定所定の効果は忍受すべきである。)、第二条第一項第九号の適用におけるいわゆる登録法上の効果との関係では、格別規定するところがないのである。ところで、権利不要求部分を含む既登録商標との類否を検討して登録の許否を決するにあたつて、もともと登録出願者個人の意思に基づくものである右不要求の部分を、当然に考察の対象から除外してするというようなことは登録の性質と相いれないことであるし、権利不要求部分を含む既登録商標であるからといつて、これと類似する商標が競合して登録されることは、既登録商標権者の利益を害するばかりでなく、さらにはまた一般世人をして商品の誤認混同から免がれしめるという利益をも害するものであるから、既登録商標が権利不要求部分を含む場合においてもこの部分を除外することなく、商標全体として既登録商標との類否を判定し、出願商標の登録の許否を決すべきである(かように解しても権利不要求の申出、これによる登録が正しく特別顕著性のない部分についてなされる限り、実際上の結果においては、権利不要求部分を除外して対比されるのと同じことになるであろうが、特別顕著性のある部分について―誤つて―右の申出等がなされたり、あるいは右申出部分が後日特別顕著性を取得したというような場合には実際上の結果を異にするであろう。)。

原告のこの部分の主張の前段は、引用商標の「タバコヤ」の権利不要求の部分であるから―当然に特別顕著性がない(ものとなる)と解したうえ―この部分が類否対照の用に供しえられるわけがないとするのか、あるいはまた、旧商標法上、権利不要求の部分は商標類比の観察において法律上当然に除外してなさるべきであるとするのか、やや不明であるが、前者の趣旨であるとすれば、特別顕著性の有無は客観的なことであつて、権利不要求の申出、これによる登録によつて左右される筈はなく、そして引用商標の「タバコヤ」の部分は、権利不要求の申出がなされたにも拘らず、もともと特別顕著性を有するものであるから(商品石鹸が「タバコヤ」(煙草屋)で販売されることがあつても、それは一般的なことではなく、「タバコヤ」が石鹸の販売場所をあらわす語になつていないことはいうまでもない。)、その主張は理由がなく、また後者の趣旨であるとすれば、その失当であること前記説示にてらし明らかであつて、いずれにしても審決が引用商標の右の部分から商標の称呼、観念をひき出し、本件商標と対照の用に供したことに権利不要求に関する違法はない。

なお原告はこの部分の後段において、権利不要求部分をも商標類否の判定に加える以上、当該商標を全体的に―不可分的に―考察すべきであるとして審決を難ずるが、審決が、引用商標から「タバコヤ」の称呼および観念が生ずると判断したのは、引用商標のうち「タバコヤ」の語だけをはじめから切り離して考察の対象としたものでなく、「タバコヤシガレット」なる商標の全体を観察検討した結果として、それから「タバコヤ」の称呼と観念も生じるとしているのであつて(なおこの判断の正当なことは後記(二)の判断によつて明らかである。)引用商標が不要求部分を含むからといつてこの場合にそれ以上ことさらに引用商標を不可分的のものであるとして考察しなければならないという特別の理由はないのであるから―商標が可分であるか不可分であるかは、商標の構成によつてはじめて決しうることである。―原告の右の主張も理由がない。

以上要するに、審決には、原告の主張するような「権利不要求」についての解釈を誤つたことによる違法は存しない。

(二)  原告の主張四の(二)について。

引用商標が……「タバコヤシガレット」の同一形態、大きさの片仮名文字(「ッ」はやや小さい。)を各文字間の間隔を均しくして一連に左横書きして成るものであることは前記のとおり当事者間に争いがない。原告は引用商標の右の構成から、右商標が構成各語字の結合が強固であり、「タバコヤ」の文字と「シガレット」の文字には構成上軽重の差異がない、として、引用商標の一体不可分を強調する。ところで、引用商標が右のような構成の態様から「タバコヤシガレット」なる称呼と「タバコヤ」と「シガレット」との組合わせにかかる一つの観念を生じるものであることはこれを認めるべきであるにしても、右商標が原告のいうように一体不可分のものとして、右称呼、観念のみを生じるものであるとは考えられない。

すなわち、審決もいうように右商標を構成する「タバコヤ」の文字は、煙草の販売を業とする者またはその店舗施設を意味する語であり、また「シガレット」の文字は、巻煙草を意味する、よく知られた英語であつて、そのいずれも一般に独立の語として世人に親しまれて使用されているのであり、そしてまた重要なことは、引用商標におけるようにこれを「タバコヤシガレット」と一連に書いても、「タバコヤ」および「シガレット」のそれぞれの異なつた別個の意味をもつ語となるとか、あるいは全体が一体的なものとして独自の印象を与えるとかといつたようなものではなく、これを見聞する者をして、右のような意味で不可分的に結びつけて用いられたものと感得させるに足るようなものとはなつていないのである。もとより右の二つの語は、多少の関連性をもつものであるにしても、その関連性は、両者の結合を右のような意味で不可分であると直感させるにいたるものではない。「タバコヤシガレット」の文字を見、聞きする者は、そこにそくざに「タバコヤ」あるいは「シガレット」の称呼、観念を抽出感得するというのが、争うべくもないところといえよう。

そして、取引の実際において、文字商標が複数の構成部分から成り、そしてその各部分が右のように密接強固に結合したものでない場合、殊に引用商標のように全体としては文字数(音数)が多いものにあつては、その一部をもつて略称され、一部だけで観念を生ずることが少なくないというのが現実であることは顕著な事実であつて、しかも引用商標においては、その指定商品が石鹸という日用消耗品であつて、常時いたる所で、大衆に身近かにひんぱんに取引される商品であることを考慮すれば簡易、迅速を要求する取引の実際において、この傾向は特に著しいものがあるといえよう。

ところで、引用商標がかように分離される場合について考えるに、これを構成する「タバコヤ」も「シガレット」も、ともに前記のようにひとしく親しまれている語であつて、それぞれが看者ないし聴者に与える印象の強さにおいて格別軽重の差があるとは考えられないのであり、両者ともに要部をなすものであつて(引用商標において「タバコヤ」の文字が冒頭にあるところから、この部分がより強く印象づけ、この部分に要部としてのウエイトが大きいとみられる。)、したがつて引用商標からは―前記のように「タバコヤシガレット」の称呼、観念を生ずるほか―、「タバコヤ」そしてまた「シガレット」の称呼、観念も生ずるものというべきである。<中略>

以上のとおりであつて、審決が引用商標から「タバコヤ」の称呼、観念を生ずるとしたのを非難する原告の主張も理由がない。

三以上のとおり、引用商標からは「タバコヤ」の称呼、観念も生ずるのであるが、他方当事者間に争いのない本件商標の構成からすれば、本件商標が「たばこや」の称呼、観念を生ずるのは明らかであるから、両商標は類似する商標であるというべきであり、そしてまた右両商標の登録日がそれぞれ原告主張のとおりであつて、その指定商品が同一であることも争いがないから、本件商標は、商標法施行法第一〇条第一項によりなお効力を有する旧商標法第一六条第一項第一号、第二条第一項第九号にもとづき、その登録を無効とすべきものである。<以下略>(古原勇雄 杉山克彦 楠賢二)

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